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by sakitamasao
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決して大人になるなよ。
e0079911_39525.jpgカントナが言う。



  子供の頃は、誰だって、
  怖いものなんか何もない。
  好きだから、ただやるだけ。
  アドバイスをしよう。
  決して大人になるなよ。






以下カントナが起こした騒動。

1987年:チームメートのGKを殴り罰金。
1988年:当時のフランス代表監督アンリ・ミッシェルに暴言を吐き、代表を外される。
1989年:ボールを客席に蹴り込みユニフォームを審判に投げつけた行為によりチームから無期限の出場停止処分を受ける。
1990年:チームメイトにスパイクを投げつけて10日間の出場停止。
1991年:サンテティエンヌ戦で審判にボールを投げつけ、3試合の出場停止処分。その事情聴取の場で出席者一人一人に「馬鹿者」と言って回り、処分が2ヶ月間に延長される。
ここで一度サッカーからの引退を宣言。
1992年 1月:彼の才能を惜しんだミシェル・プラティニの尽力で、シェフィールド・ウェンズデーのトライアルを受ける。
同年2月:リーズ・ユナイテッドと契約。リーグ優勝に貢献。
同年11月:監督との不仲によりマンチェスター・ユナイテッドに移籍。
1993年:エランド・ロードでのリーズ戦でサポーターに対してつばを吐きかけ罰金。
UEFA CUPのガラタサライ戦で審判に暴言、退場。警官と諍いを起こす。UEFAからヨーロッパカップ戦4試合の出場停止処分。
1994年:アーセナル戦において、審判のヴィック・キャロウ氏を「ちび」と侮辱したとしてFAに訴えられる。その2日後、スウィンドン戦で相手チームの選手にストンピングを食らわせ退場。この2件によりFAから5試合の出場停止処分。
1995年1月25日:クリスタル・パレス戦において、野次に激高し、客席のマシュー・ティモンズ氏にカンフーキック&パンチを見舞って退場。9月30日まで全てのフットボール活動の禁止と罰金処分。裁判にて禁錮2ヶ月の判決を受け、その代わりに120日間の社会奉仕活動を行う。
e0079911_361775.jpg

1996年:「カントナのカリスマ性や強い個性が、物静かで控えめなジダンの持ち味を殺しかねない」との理由でEURO96大会代表に当時のフランス代表監督エメ・ジャケはジダンを召集。カントナは代表を外される。代表を外す事を告げる際、「死ぬほど怖かった」と後にジャケは語っている
この頃イングランドに帰化。
1997年:契約期間を1年残していたにも関わらず、突然の引退発表。
1999年:在籍5年間にグッズ等に使用された自らの名称に対する見返りがあると突然主張。120万ドルをチームに請求。「何も借りがあるはずはない」と軽くあしらわれる。
2004年:フランスのテレビ局でのトークショーにて質問の内容に激怒。インタビュアーに対し「このザコども!」とのたまいインタビュアーを番組の終わる15分前にスタジオから逃亡させるw 逃亡の理由について、インタビュアーは「殴られるのではないかと思い、身の危険を感じた」と語っている

だけど・・・

当時所属していたマンチェスター・ユナイテッドの監督のアレックス・ファーガソンはカントナについてこう語っている。「確かにカントナには数えきれない程の欠点がある。彼は人の指図を受けない人間だ。しかし、彼が我がクラブにもたらした最大の功績は、完璧を目指すならトレーニングを疎かにするなということを思い出させてくれたことだ。」気性の荒さや、歯に衣着せぬ発言がどうしても目に付いてしまうカントナだが、その表の顔とは別に裏では誰よりも努力をしていたことがわかるエピソードである。




【おまけ】
ネットで見つけたカントナTシャツ(サッカー選手なのにカンフーがモチーフwww)
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by SAKITAmasao | 2006-05-26 01:37 | スポーツ
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