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2007年 08月 06日 ( 3 )
夏太郎出産当日
夏太郎出産前夜からの続きです。

8月4日の0時20分から始まった陣痛ですが、とりあえずは子宮口が開いてくるのをただひたすら陣痛に耐えながら待ちます。3日の夜の時点で約1.5cm。赤ちゃんの頭の大きさが10cmくらいですから全然足りません。

陣痛に耐えている RUO は完全にグロッキーでメシも食えません。助産院で出されるメシはひたすらオレが食べ、RUO はオレがコンビニで買ってきたウィダーインゼリーで栄養補給です。

昼を過ぎた時点で子宮口の大きさを測りました。約8cmになっていました。

子宮口の測り方ですが、もうそのまんま。助産師さんが指を突っ込んで「こんくらい」って感じで計ってきます。その際、子宮口が開くのを手伝うために指でググーっと子宮口のヘリを押して広げてくるんですが、この痛みがもの凄いらしい。RUO が叫ぶくらいです。曰く人生で一番の痛みだったそうです。

子宮口を開く手助けの方法も色々あります。RUO はとにかく歩かされました。あと便座に腰掛けたりもしました。この頃はオレも眠さの限界であんまり記憶がありません。RUO は眠さに加え痛さもありますからきっと覚えてないと思います。

陣痛は続き、夕方、18時30分。ちゃんと入院の準備をしてきた RUO とは違い、何も準備していなかったオレは、前日から着の身着のままで誰が嗅いでも明らかに臭く、自分でも耐えられなくなってきていたのでとりあえずシャワーを浴びて服も着替えて綺麗な体で出産に立ち会おうと一人で自宅へ帰る事にしました。

数人に「まだ産まれないよー」と電話をかけ、上野駅に着くと助産院から電話がありました。「もうすぐ産まれます、すぐに戻って下さい」って・・・。夏太郎や、あんまりお父さんをからかっちゃいけないよ?

大急ぎで助産院に戻ると、既に出産準備が整っていました。オレが助産院を出た後、19時に再び子宮口の開き具合を確かめた際にちょっとイキむ練習をしたら頭が見えたそうです。それからオレが戻るのを待っていた30分間は陣痛が来ても産んじゃいけないという無駄な陣痛を RUO はひたすら耐えていたそうです。恨まれました。

オレは大急ぎでビデオカメラをセッティングし、RUO の後ろに回り込み後ろから支える形で出産に立ち会いました。
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by SAKITAmasao | 2007-08-06 05:36 | 夏太郎
夏太郎出産前夜
まず、予定日を二日過ぎた8月3日の午前中にいつものオリモノとは違う水っぽい物が出始め、午後の診察で破水と診断されました。

破水してしまうと母胎の外にある世界と胎児が繋がってしまい、バイ菌などの心配が発生します。ですので、この時点から出産まではタイムレースになります。とりあえず、助産師さんからの提案は24時間以内に陣痛が始まらなければ病院へ行って陣痛促進剤を使っての出産。陣痛が初まっても破水から48時間以内に出産できなければ同じく病院での出産。というものでした。

せっかく、病院以外で出産したいという RUO の希望通りの出産が出来ると思っていたのに、最後の最後に病院に送られてしまったのでは今までの苦労が水の泡です。

助産師さんから具体的なタイムリミットを示され、そのための具体的な方法も助産師さんが教えてくれました。まずは24時間以内に陣痛を起こすことです。そのために出来ることは歩くこと。

RUO は普段の体重よりも15kgほど体重が増えた大きな妊婦です。その為か一ヶ月ほど前から座骨神経痛に悩まされ、満足に動けなくなり、さらには一週間ほど前から腰痛も始まっていました。長い距離は歩けないと思われましたが、何としても病院送りを回避して、予定通り助産院で産もうと助産院のある飯田橋から炎天下の中を日陰を探しながら歩き初めました。

結局、飯田橋からお茶の水駅まで歩いたところで暑さと腰痛のためギブアップ。もう少し涼しくなってから歩こうと、とりあえず電車に乗って上野の自宅に帰りました。

しかし、二駅分を歩いた甲斐あってか夕方から前駆陣痛が始まりました。

この時点で RUO は携帯を使い日記なんぞ書いていました。
 RUOの缶詰『イブ
まだ余裕ですね。「陣痛来てるかも?」って書いてますがまだまだ本格的な陣痛じゃありませんでした。陣痛はナメたらイカンですな。

さらに陣痛を促進するため19時45分に上野の自宅を出て、座骨神経痛、腰痛、前駆陣痛に耐えながら助産院まで歩くことにしました。一度に歩ける時間は5分から10分です。それだけ歩くと痛さのため道ばたで休憩が必要となりました。

歩いては休み、歩いては休みを繰り返し、上野から湯島、お茶の水を経由して助産院のある飯田橋まであと一駅の水道橋でギブアップ。タクシーで助産院へ向かい、助産院に着いたのが22時30分頃でした。

この時の内診で子宮口の大きさはまだ約1.5cm。

この時点で RUO はまた日記を書いています。
 RUOの缶詰『まだまだ
本文は「陣痛7分間隔です。」だけですがこれもまだ本格的な陣痛じゃありませんでした。

今日はこのまま寝ようと二人で助産院にある個室に用意された布団に入り、約10分おきに来る前駆陣痛を我慢していました。

24時をまわり、日付が8月4日に変わった瞬間、前駆陣痛が治まったのを確認し、ウトウトし始めたら20分後、0時20分、本格的な陣痛がスタートしました。

陣痛の痛さは本人じゃないのでわかりませんが、隣にいて見ているだけでも今までとは明らかに違う RUO の反応でした。RUO はもちろんオレだって、とても寝られる状態ではありません。陣痛が来ると RUO が呻き声を上げるので、マッサージをしながら腕時計で間隔を計りました。
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by SAKITAmasao | 2007-08-06 04:56 | 夏太郎
ナツタロー、生まれました。
どうもサキタです。ご無沙汰しておりました。

男なら「夏太郎」、女なら「カンナ」と名前を決め、お腹の中から出てくるのを楽しみに待っていた子供がとうとう産まれました。

生まれた直後に RUO が「夏太郎やぁ」と言いました。

2007年8月4日の20時38分でした。

体重は3314g。生まれた直後から二重の瞼をパッチリ開け、鼻もあり、手足をバタつかせ、それもはもう世界の宝と呼びたくなるような赤ん坊でした。

生まれてから次の日の朝まで二人の間に置いて過ごしました。

その間、泣いたり、笑ったり、まだ出ないおっぱいを吸ったり、妊娠中に RUO がよく食べていた株式会社守半海苔店製海苔の佃煮のようなウンチをしていました。
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by SAKITAmasao | 2007-08-06 02:34 | 夏太郎