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いまはこっちのブログで書いてます。
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カテゴリ:夏太郎( 5 )
はじめての…
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夏太郎が生まれて初めて電車に乗りました。銀座線の上野駅です。
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そんで初めてのファミレス。九段下のロイヤルホストです。
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初めての公園です。
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by SAKITAmasao | 2007-08-31 04:02 | 夏太郎
夏太郎が家にいる
40週と3日の胎児生活を終え、やっとシャバに出てきた夏太郎ですが、家族3人水入らずで一晩過ごした後、いきなりいなくなってしまいました。

出産日の翌日の朝の9時頃、助産師さんから「やっぱり病院へ連れて行こう」と言われました。理由は生まれた直後から呼吸の回数が多く、助産師さんは肺に羊水がたまっているのが原因かもしれないと言いましたが、朝までに5回ほど肺から羊水を吐き出したにもかかわらず、呼吸が落ち着かなかったので、他に原因があるかも知れないので用心のために病院で見てもらうと言うことでした。

飯田橋の助産院からオレと夏太郎と助産師さんの3人でタクシーに乗り、大久保の国立国際医療センターへ。

午前10時に夏太郎を医者に預け、約二時間後、診察の結果が出ました。ハッキリと原因はわからないが感染症の疑いがあると言うことで、入院することになってしまいました。
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待ちに待ってやっと生まれた夏太郎なのに、たった一晩3人で過ごしただけでフッといなくなっちゃいました。

いなくなったことも寂しかったし、感染症も心配だし、授乳のこととか色々…。

兎に角、RUO は助産院に入院、夏太郎は病院に入院、オレは裁判の準備。と、想像していたお産直後の大変さとは全然ジャンルの違う大変な生活。

まず、最初は RUO が助産院で搾乳します。母乳って初日は全然出ないんです。ぎゅうぎゅうオッパイを揉んで乳首の先に露のような母乳が出ます。これを注射器で吸うという搾乳方法です。助産師さんと RUO が一生懸命努力してやっと 10cc です。

これをオレと RUO がタクシーに乗って病院へ運びます。日曜から火曜の三日間は乳首からの直接の授乳が禁じられていたのでこの方法ででしか母乳をあげることが出来ませんでした。しかし、日曜日にはわすか 10cc だった母乳も日を追うごとに増え始めました。それこそ倍々どころか自乗の勢いです。母乳の量の問題は解決です。

母乳運びの間にオレは裁判関係も動いてました。月曜日は川越の弁護士事務所へ打ち合わせに行き、火曜日は霞ヶ関で一回目の公判、木曜は判決を聞くために再び霞ヶ関へ。オレは被告人なので裁判所への出入りはスーツです。別にTシャツにスニーカーでもいいらしいのですが思いっきり不利になるそうなので、連日30度を越す暑さの中、スーツでオフィス街を闊歩です。

水曜日からは面会時間の間だけですが乳首から直接の授乳が許可されました。看護婦さんが「どうぞ〜」って言ってくれて、やっと夏太郎に直接母乳があげられると喜んであげました。

乳首から直接授乳すると夏太郎がどれだけ飲んだのかわからないので看護婦さんが授乳の前後に夏太郎の体重を量ってくれます。体重が増えた分が母乳を飲んだ量というわけです。
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授乳が終わり、看護婦さんが夏太郎の体重を量って驚いてました。通常、一回の授乳で 40cc のミルクを与えていたらしいのですが、この時飲んだ母乳の量は 68cc 。しかも、母乳を飲む前に既に 20cc のミルクを飲んでいたらしいのです。つまり、通常、40cc 飲めばいいところを倍以上の 88cc を飲んでしまったのです。

看護婦さんはビックリして「凄いですね〜」って言っていました。

言っていましたが、夏太郎はさらに驚かせてくれました。面会時間は1時間30分くらいあるのですが、授乳なんてそんなにかかりません。夏太郎はたっぷり飲んですぐに寝ます。そして面会時間終了の数分前、なんと夏太郎はまた母乳を要求するクチパクパクの動きをしたのです。せっかくの授乳の機会ですのでもちろんあげました。後で看護婦さんに注意されちゃったけどね。

そんな感じで夏太郎の食欲も問題なし。RUO の搾乳も一回で 60cc から 80cc も出るようになり、それが一日で6回。夏太郎がどれだけ飲んでもおつりがくる量です。さらに面会時間にはたっぷりの直接授乳です。やっぱり搾乳機より直接クチで吸われる方が母乳の出がいいそうです。
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出す方も、飲む方も問題ないないのですが、一つ困った事がありました。RUO の移動です。

妊婦は出産後絶対安静が必要だとまわりから散々言われていましたが、夏太郎に会いたい気持ちには逆らえません。それに直接母乳を与えることによるたくさんのメリットもあります。

それで、助産院に入院している時は飯田橋から、木曜日に退院して自宅に帰ってきてからは上野から、毎日タクシーで病院へ通っていたのですが、ほんの20分ほど座っているだけで具合が悪くなっちゃう。さらに、病院に着いてからはイスに座っての授乳や、広い院内の移動など色々大変なことも。そこで考えついたのは『タクシーの中でごろ寝作戦』。あえて説明すると、これはタクシーの後部座席にゴロンと横になっちゃう作戦です。これはなかなか効果的で RUO の負担も大分減ったようです。

そして、夏太郎は検査の結果、感染症だったけど抗生物質の投与により悪い菌は全滅という感じになり、生まれてから一週間後の8月11日土曜日にやっと退院できました。

一週間の夏太郎入院生活、5日間の RUO 入院生活、三日間のオレ裁判生活が終わりました。思えば8月3日に家を出る時には夏太郎は RUO のお腹の中だったワケです。オレと RUO の二人で出掛けた8月3日から一週間、少し時間はかかったけど、やっと家に3人揃いました。

そんなこんなで今は毎日三人で平和に暮らしています。
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by SAKITAmasao | 2007-08-14 17:26 | 夏太郎
夏太郎出産当日
夏太郎出産前夜からの続きです。

8月4日の0時20分から始まった陣痛ですが、とりあえずは子宮口が開いてくるのをただひたすら陣痛に耐えながら待ちます。3日の夜の時点で約1.5cm。赤ちゃんの頭の大きさが10cmくらいですから全然足りません。

陣痛に耐えている RUO は完全にグロッキーでメシも食えません。助産院で出されるメシはひたすらオレが食べ、RUO はオレがコンビニで買ってきたウィダーインゼリーで栄養補給です。

昼を過ぎた時点で子宮口の大きさを測りました。約8cmになっていました。

子宮口の測り方ですが、もうそのまんま。助産師さんが指を突っ込んで「こんくらい」って感じで計ってきます。その際、子宮口が開くのを手伝うために指でググーっと子宮口のヘリを押して広げてくるんですが、この痛みがもの凄いらしい。RUO が叫ぶくらいです。曰く人生で一番の痛みだったそうです。

子宮口を開く手助けの方法も色々あります。RUO はとにかく歩かされました。あと便座に腰掛けたりもしました。この頃はオレも眠さの限界であんまり記憶がありません。RUO は眠さに加え痛さもありますからきっと覚えてないと思います。

陣痛は続き、夕方、18時30分。ちゃんと入院の準備をしてきた RUO とは違い、何も準備していなかったオレは、前日から着の身着のままで誰が嗅いでも明らかに臭く、自分でも耐えられなくなってきていたのでとりあえずシャワーを浴びて服も着替えて綺麗な体で出産に立ち会おうと一人で自宅へ帰る事にしました。

数人に「まだ産まれないよー」と電話をかけ、上野駅に着くと助産院から電話がありました。「もうすぐ産まれます、すぐに戻って下さい」って・・・。夏太郎や、あんまりお父さんをからかっちゃいけないよ?

大急ぎで助産院に戻ると、既に出産準備が整っていました。オレが助産院を出た後、19時に再び子宮口の開き具合を確かめた際にちょっとイキむ練習をしたら頭が見えたそうです。それからオレが戻るのを待っていた30分間は陣痛が来ても産んじゃいけないという無駄な陣痛を RUO はひたすら耐えていたそうです。恨まれました。

オレは大急ぎでビデオカメラをセッティングし、RUO の後ろに回り込み後ろから支える形で出産に立ち会いました。
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by SAKITAmasao | 2007-08-06 05:36 | 夏太郎
夏太郎出産前夜
まず、予定日を二日過ぎた8月3日の午前中にいつものオリモノとは違う水っぽい物が出始め、午後の診察で破水と診断されました。

破水してしまうと母胎の外にある世界と胎児が繋がってしまい、バイ菌などの心配が発生します。ですので、この時点から出産まではタイムレースになります。とりあえず、助産師さんからの提案は24時間以内に陣痛が始まらなければ病院へ行って陣痛促進剤を使っての出産。陣痛が初まっても破水から48時間以内に出産できなければ同じく病院での出産。というものでした。

せっかく、病院以外で出産したいという RUO の希望通りの出産が出来ると思っていたのに、最後の最後に病院に送られてしまったのでは今までの苦労が水の泡です。

助産師さんから具体的なタイムリミットを示され、そのための具体的な方法も助産師さんが教えてくれました。まずは24時間以内に陣痛を起こすことです。そのために出来ることは歩くこと。

RUO は普段の体重よりも15kgほど体重が増えた大きな妊婦です。その為か一ヶ月ほど前から座骨神経痛に悩まされ、満足に動けなくなり、さらには一週間ほど前から腰痛も始まっていました。長い距離は歩けないと思われましたが、何としても病院送りを回避して、予定通り助産院で産もうと助産院のある飯田橋から炎天下の中を日陰を探しながら歩き初めました。

結局、飯田橋からお茶の水駅まで歩いたところで暑さと腰痛のためギブアップ。もう少し涼しくなってから歩こうと、とりあえず電車に乗って上野の自宅に帰りました。

しかし、二駅分を歩いた甲斐あってか夕方から前駆陣痛が始まりました。

この時点で RUO は携帯を使い日記なんぞ書いていました。
 RUOの缶詰『イブ
まだ余裕ですね。「陣痛来てるかも?」って書いてますがまだまだ本格的な陣痛じゃありませんでした。陣痛はナメたらイカンですな。

さらに陣痛を促進するため19時45分に上野の自宅を出て、座骨神経痛、腰痛、前駆陣痛に耐えながら助産院まで歩くことにしました。一度に歩ける時間は5分から10分です。それだけ歩くと痛さのため道ばたで休憩が必要となりました。

歩いては休み、歩いては休みを繰り返し、上野から湯島、お茶の水を経由して助産院のある飯田橋まであと一駅の水道橋でギブアップ。タクシーで助産院へ向かい、助産院に着いたのが22時30分頃でした。

この時の内診で子宮口の大きさはまだ約1.5cm。

この時点で RUO はまた日記を書いています。
 RUOの缶詰『まだまだ
本文は「陣痛7分間隔です。」だけですがこれもまだ本格的な陣痛じゃありませんでした。

今日はこのまま寝ようと二人で助産院にある個室に用意された布団に入り、約10分おきに来る前駆陣痛を我慢していました。

24時をまわり、日付が8月4日に変わった瞬間、前駆陣痛が治まったのを確認し、ウトウトし始めたら20分後、0時20分、本格的な陣痛がスタートしました。

陣痛の痛さは本人じゃないのでわかりませんが、隣にいて見ているだけでも今までとは明らかに違う RUO の反応でした。RUO はもちろんオレだって、とても寝られる状態ではありません。陣痛が来ると RUO が呻き声を上げるので、マッサージをしながら腕時計で間隔を計りました。
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by SAKITAmasao | 2007-08-06 04:56 | 夏太郎
ナツタロー、生まれました。
どうもサキタです。ご無沙汰しておりました。

男なら「夏太郎」、女なら「カンナ」と名前を決め、お腹の中から出てくるのを楽しみに待っていた子供がとうとう産まれました。

生まれた直後に RUO が「夏太郎やぁ」と言いました。

2007年8月4日の20時38分でした。

体重は3314g。生まれた直後から二重の瞼をパッチリ開け、鼻もあり、手足をバタつかせ、それもはもう世界の宝と呼びたくなるような赤ん坊でした。

生まれてから次の日の朝まで二人の間に置いて過ごしました。

その間、泣いたり、笑ったり、まだ出ないおっぱいを吸ったり、妊娠中に RUO がよく食べていた株式会社守半海苔店製海苔の佃煮のようなウンチをしていました。
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by SAKITAmasao | 2007-08-06 02:34 | 夏太郎